2007年05月02日

歌舞伎町の真ん中で昔話を語る

一人で飲むなんておっさんのやることだとおもっていたが、いつのまにかもうおっさんなので去年ぐらいからたまに一人で飲んでいる。

 今のところ自分へのご褒美的な要素が強いが2週間に一度程度ぶらっとたまに。
 GWにもかかわらず出社しプレゼン資料だが両面印刷で7-8センチにもなるような膨大な資料に目を通した。10時ぐらいから、よし、これを終わらせたらアルコールをあげようと自分にニンジンをぶら下げなんとか気持ちを保ち終わったころは12時をまわっていた。そこから新宿へ。

 場所は地元の同級生がワンマン経営する歌舞伎町にあるショットBAR KEITH。mixiで半年前に発掘した。

 KEITHのマスターとは2クラスしかない保育園から小学校、中学まで同じ。高校も1,2年と同じクラス。だが彼が高校のサッカー部を辞めた1年の途中から疎遠になり半年前に18年ぶりに再開。お互いおっさんになっていた。

 僕も大学のころ2年以上バーテンをしていたし、お互い中学では野球部でサッカー好き、そしてウンチク好き。ついでに、説明が長く、人名の忘却がはげしく、自然と地元ネタや昔話にすべてが集約されていく。おっさんを超越している。

 会話をテキストで追うとわかるが、僕とマスターの会話は一線を退いた団塊の世代のようだ。

僕:「うちの末弟がFC東京のボランチの彼はいい人だと言っていたよ..あの選手..あれ名前が出てこないなぁ」

マ:「あーあの、えーっと、あれですね、えっとー、しっかりした、えっとー」

僕:「そう東北高校出身で、高校のころからユースに選ばれていた...今年はキャプテンかな、あの人」

マ:(店内の書棚に置いてあるサッカーマガジンを取りにいく)

二人:(ページをめくる)

二人:「今野だー!」

万事こんな感じで話題はすべてがマニアックだ。

- 帝京サッカー部出身の朝日新聞運動部記者、忠鉢信一について
- 1983年度の高校選手権決勝戦では、帝京高校を優勝に導く決勝点を挙げた前田治のゴールについて
- 小笠原光雄を育て、この冬高校選手権を制した盛岡商業監督の斉藤さんはすばらしい
- 気仙沼高校野球部のひとつ上の世代が県大会でベスト4で敗れた東北高校のピッチャーは齋藤隆だった
- スコッチやモルトウィスキーの定義について、インターネットのビジネスモデルについてなど

デッドストックのスコッチとバカラのグラス。ジャズが流れる店内で、僕とマスターは敬語か丁寧語で会話することで客とバーテンの距離感と店の雰囲気をいい感じで保つ。でも、たまに気仙沼弁が混じるっちゃ。


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お酒メモ BOWMORE 12年 (43度)
酒種 スコッチ
原産国  スコットランド アイラ島
名前の由来 ゲール語で大きい岩礁の意味
飲み口 抜け方が独特 いいフレーバーの広がり

BAR KEITH

2007年04月29日

鮫洲ノスタルジー

誕生日から1か月たった明日が運転免許更新のギリギリだ。ということで近場の府中ではなく鮫洲まで手続きに行ってきた。

今日はとにかく天気がいいので遠出したくなった。府中の運転免許試験場は交通の便が悪い。調布からバスで30分もかかるし周りにはなにもない。免許の更新以外にも国際免許の再交付に年に一回は行っている。もう飽きた。

調べてみると鮫洲でもいいらしい。GWでもあるしプチ旅行、思い切って電車で出かける。実はもうひとつ理由がある。鮫洲がどう変わったか、変わっていないかを確認したいからだ。

今の会社に入る前、鮫洲の外資系の会社に週に2,3日常駐しネットワーク管理をやっていた。今から12年も前の話。

パソコンでネットワークを組みファイルとプリンタを共有する。メールサーバーを導入し、さらにその会社独自のサーバーアプリケーションをインストールし運用に使用する。

個別のPCにはSCSI(スカジー)でハードディスクやスキャナを増設したり、カメレオンはTCP/IPの草分けソフトでその上でネットスケープが動く。ISDNでネットに接続、インターネットの走りでもあった。全部DosやWindows3.1での話し。つなげば動くプラグ&プレイが出る以前、PC環境設定屋が必要とされた。

当時新人で技術力もないからとにかく必死だった。そんな中、
サーバーをぶっとばし一週間メールを止めたことがあった。一生懸命でいい人と言われていた僕の評判は地に落ち会社対会社の問題まで発展。

技術力が未熟で何が悪いのかもわからない、何を調べれべればをいいか、どこから手をつけていいかもわからない。何がなんだかぜんぜんわからない。泣きそうになりながらも必死にわからないだらけのバームクーヘンを一つ一つ紐解いた。社内外たくさんの人に頭を下げてようやくサーバーは復旧した。

あの時サポートしてくれたNovelの人に直接会ってお礼できなかったことが今でも悔やまれる。そうサーバーはNetWareだった。

僕が会社にを変わると行った時にこの常駐先の部長さんからみんなの寄せ書きとプレゼントをいただいた。今でも宝物だ。

そんな鮫洲に12年ぶりに降り立つ。免許の書き換えは1時間ちょっとで完了。GWのせいなのか府中よりすいてるし到着までがスムーズで気に入った。今度からはここにしよう。

その後その思い出ぶかい鮫洲駅近辺を散歩。今日の鮫洲はあの時とあまり変わっていなかった。デニーズもラーメン屋も、そして僕が足しげく通ったあのビルもそのままだった。

ただ、あの頃こんなに天気がよく風が気持ちよかったかどうかは思い出せない。ルーさんや杉さんは元気なんだろうか?などとビルを見上げて思いをめぐらせ、そのまま帰途につく。
あのころお世話になり迷惑かけたあの人達に、いつか僕は元気ですと伝えたい。

目に青葉、山ホトトギス初鰹

4月が終わるこの季節。桜は散ったが、緑の鮮やかさは公園でも鑑賞できる。ホトトギスは聞こえないがカツオは食える。

ということでスーパーでカツオの購入して夕食に。

朝起きて公園をジョギングをするつもりが散歩で終了。天気最高。青い空に緑の木漏れ日がきもちい。よし今日はカツオを食べようと心に決める。

春、実家ではフキノトウとタラの芽が食卓を彩る。ウグイスとホトトギスの鳴き声を聞いたかどうか話題になる。そして初カツオを堪能する。最近はこれにクシャミが減り、春から初夏への変遷期を実感する。田植えも終わり虫も少ないこの季節は実家に帰るには一年で一番いい季節だ。

なので毎年この時期は実家に帰る。庭で兄弟でバーベキューしたり高校のサッカー部の同級生と酒を飲んで過ごす。今年は仕事などの兼ね合いで戻らない。

代わりに今日は午前に決めていたカツオを買ってきて食べた。勝浦で朝とれたというそれは新鮮でおいしい。でも去年の秋に気仙沼で食べた「戻りガツオ」はもっとうまかった。

その地元のニュースで市の魚をサンマにするのかカツオにする議論されていた。結果はどうなったか知らないがどっちでもいい。どちらも美味いし自慢に値する。GWはパスしてしまったが、そのうち帰って食や友達でエネルギーを充填しないと。

たとえリスクしかなくても

久々に爆睡し昼に起きだしテレビをつける。先月行われた将棋の勝負のドキュメンタリーを見る。人間対コンピューターの戦いだ。

現在の竜王渡辺明が最強の将棋ソフト、ボナンザと対決していた。チェスの世界ではIBMのディープブルーがもう何年も前に世界チャンピオンを倒している。

しかし将棋はとった駒をすべて使えることから指数関数的に手数が増え、それゆえコンピューターが将棋のプロに勝つのはまだまだ先と思われていた。

今回の下馬評も竜王が圧倒するというものであったが、予想を裏切り戦いは白熱と緊迫の中進んでいく。ボナンザが強いんだ。

ボナンザ優勢で進んだ中盤、一手の読み違えで突然流れは竜王に。そのまま堅実に寄せて竜王が結果的には順当勝ち。

見ごたえのある試合だった。ボナンザを作ったホキさんは自分たちが優勢なのかどうかもわからない。システムは状況に対する評価を一手毎にはじき出す。しかし、その大きな一手の過ちを過ぎても状況有利の指数を表示する。

突然その指数がマイナスに触れそして終わりがやってくる。ホキさんはシステムを見切り自力で投了のタイミングを計る。たくさんのギャラリーが見つめる緊張の中、立ち上がり「参りました」を竜王に伝える。同じく若い竜王は安堵の表情を浮かべ、そして言葉少なに検討をたたえあう。真剣勝負の後のさわやかさが全体を包む。

多くのものを見た。
コンピュータのうまくいっている時の周到さ緻密さそして速さ、そしてうまくいかなくなった時の混乱。
参ったしないコンピュータをなだめすかすかのように投了のタイミングを計るホキさん。「もういいんだよボナンザ」といういたわりと竜王に礼節尽くそうという表れだ。

解説や観戦していたたくさんの将棋の棋士や将棋ファンもこの予想外の大一番に興奮していた。コンピューターが名人を打ち破るのもあと数年先かもしれない。

それにしてもこの対局を受けた渡辺明竜王はすごい。リスクは多いが得るものは少ない。勝って当たり前負ければ竜王、将棋プロの名を汚す。ものすごいプレッシャーだったろう。まだ23歳。この持前の勇気、チャレンジ精神とこの経験を糧に彼はきっと今以上に強くなっていく。チャレンジが人を大きくする。

プロジェクトドライバー

数か月の準備期間とテストドライブを経て部内のSEOはじめトラフィック増強対策を本格的に進める。スタートにあたり考えを整理する。

プロジェクトマネージの定義や進め方、僕個人の性格や仕事の嗜好とそして実践についてまとめておくことにする。

1. プロジェクトの進め方(概要)
 
 準備期間で得られたツールや知識、そして定義した対策プロセスのオーケストレーションの開始だ。本社、外部、内部と複数のリソースチャネルを利用し、複数の調査と対策を並行して走らせる。
 プロジェクトマネージャーというよりプロジェクトドライバーとしての位置づけが強く、その気に入ったポジションに自分を置く。広くそしてマメに状況と指示を伝え停滞を嫌い施策の労をねぎらい結果を共有する。絶対的な戦略は混沌に秩序を定義し、そして動かすことだ。
 この会社は優秀な人が多いし多くのアイディアもあるが縦割りの組織とゴール設定の影響か進まなかったりポテンヒットが出てくることがある。横断的な僕のプロジェクトはそれを防ぎ、前に進むモチベーションを切らさず、そして実行して成果をあげることだ。

2.仕事の嗜好性のまとめ
 
 僕はプロジェクトマネージメントとファシリテーションが好きだしコーチングにも興味がある。共通点は何かを調整する・動かすそして育てるだ。ついでにビジネスよりもサービスが好きで、テクノロジーよりはコミュニケーション。
 興味は多いけどある分野である程度まで行くと飽きがやってきて成長が止まる。そして新たな興味分野を探すというパターンを繰り返している。自身の内部も、どのコミュニティでもバランスを望む傾向が強い。「広く浅い」の中心を居心地よしとする。そして細かい(らしい)。
 そんな僕には、今のフロントエンドでもバックエンドでもないミドルウェア的なプロジェクトは向いている。希望したポジションでなかったが今のところ違和感や抵抗感は少ない。

3.プロジェクトの進め方(具体論)

 プロジェクトの進め方について話を戻す。サイトの構成やトラフィック状態そしてビジネスモデル、制限事項やそして大事なのはビジネスリズムとプロダクションサイクル、これらがおおまかだが把握できている。
 よって個別にみられる制限や抵抗も驚かないし心構えはできている。幸いそういった障害を楽しむ余裕がいまのところはある。これらに合わせてSEO施策を仕込む。仕込むというより隙間にとにかく流し込むイメージだ。
 モチベーションの高いところには積極的にサポートし、低かったりリソースが足らないところには会社力学的なやりかたで進めることもある。とにかく動かす。動けばいい、動けば何かが変わりその変化を見定め次の施策を打つ。

4.プロジェクトのスタート(実践論)

 これらの机上の論理を空論にするか実のあるものにするかは実践とその結果にかかっている。言うはやすし行うは難しだ。
 ここ数週間で本社、外部、内部と複数のプロジェクトが同時に動き出した。それぞれのスタートはキックオフと呼び、複数のサービス単位での関係者を1プロジェクトチームとしてそれぞれ集めて会議する。
 チャンネル単位の関係者といっても縦割り組織ではない。機能単位の組織のため集まった全員のマネージャーが全部違うということもある。
 僕自身だけではなく、顔合わせをしたことのない組み合わせもある。集団見合いみたいな感じのキックオフもあり自己紹介からエネルギーと頭を使う。
 できるだけ集めた人たちの時間を有効に消化するよう情報を提供しパッションを伝え、モチベーションを刺激する。特にキックオフで僕はとにかくよくしゃべって仕切る。
 現状と機会を理解してもらい、今後のプロセスとアクションアイテムを明確に定義できるように努める。
 仕切ってしゃべるからずっとしゃべってるわけで引いている人もいるみたいだ。複数同じようなことをやってると自分でもわけがわからなくなるようなことが時々ある。最初は勢いが肝心と出席者には我慢をしてもらう。

ということで、これがプロジェクトドライブのスタートだ。
 インプットからアウトプットに変化する今が一番勢いがある。発信を重視し、やるだけやってみて枯れてしまったり行き詰ったら、立ち止まってまた考えようっと。

2007年04月28日

Movable Type でブログスタート

やっと設定が終わった。結局何が悪かったかわからないけど再度プロバイダの説明書通りにMTをインストールしたところやっと管理者画面にたどり着いた。ふっー結構手まどうもんだな。さてこれからサイトを構築していくが楽しみだ。まずは初めの一歩としてこの記事を投稿しておく。

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